上野英里 個展「誰が 捧げる 誰に-Who serves Whom?-」(2021)

安井海洋(美術批評)

 上野英里の絵画には二重のフィルターがかかっている。ひとつは英米で上演されたミュージカルを盗撮する行為であり、もうひとつはその一瞬を切り取り描く行為である。つまり二度にわたるサンプリングにより、彼女の絵画は成り立っているのである。
 演劇は原則として一回性の藝術であり、公式の撮影を除けば、その時その場に居合わせた者にだけ受容が許される。舞台の盗撮とはこの一回性を破る行為であり、繰り返し再生することが可能で、かつ遠く離れた土地にも届けることができる。
 上野は動画配信サイトYouTubeに違法にアップロードされた盗撮映像を通して、海を隔てた向う側の舞台を鑑賞してきた。映像と音声は粗く、その内実は現地での鑑賞とは程遠い。上野は映像の中からワンショットを選択し、絵画に起こすことで、そうした映像の鑑賞体験を絵画の観者と共有する。
 描かれる人物像は水の膜を通したように茫漠としている。それは盗撮の映像ゆえの不鮮明さによるものかもしれない。古い映像でカメラの動きに合わせてライトの光が尾を引くように、画中の人物は激しいダンスの残像をともなう。
 ミュージカルとはヨーロッパからのオペレッタの輸入に始まり、移民や人種・民族的マイノリティの文化を取り入れることで発展してきたジャンルである。しかしその上演において、マイノリティの当事者たちは長い間排除されてきた。ミュージカルは他者の文化を一方的に収奪することで成長してきたのだといえよう。
 収奪というミュージカルの隠された顔を指して、上野は呼びかける、「盗め!」と。奪われたものを奪い返す闘争の場として、彼女の絵画は機能するだろう。

NODA CONTEMPORARY

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